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京都散歩道

数年前、某SNSで活動していた「京都散歩道」。このたびブログにて復活しました。京都をいろいろ巡っていますので、少しずつご紹介していけたらと思います。最近は平安京巡りにはまり中。過去のデータを移行したら、写真が一部見れないので、また修正します!まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の転載はお断りします。

平安京、羅城門跡

 

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参考:日文研 花洛往古図(内容年代:平安時代末期-鎌倉時代)

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現在の位置にするとこんな感じになります。

 

最近こんなマップも知りました。「平安京オーバーレイマップ」

なんと、現在と平安京の位置を重ねて見れます!

京都市考古資料館の資料も参考になります。

 

羅城門は794年(延暦13)に建設した平安京の正門です。

朱雀大路(現:旧千本通り)がまっすぐ北に走り、左右には東寺と西寺が位置していました。

東西4.5キロ、南北5.3キロの広大な敷地の南端に羅城門がそびえ、北端の朱雀門と相対していたとされています。門は正面33メートル、奥行8メートル。
二重閣瓦屋根造で棟両端に金色の鴟尾を置かれていたとされています。

816年に台風により倒壊し、その後に再建されましたが、980年に暴風雨で再び崩壊したあとは、再建されませんでした。

現在では羅城門跡の石碑がひっそり残るのみです。

 

小さい頃、酒呑童子の話が好きでよく読んでいました。

渡辺綱が羅城門で酒呑童子の右手を切り落とし、酒呑童子大江山江逃げ帰ります。そのあとおばあさんに化けて、鬼退治の話を聞きながら腕を見せてもらったところ、腕を元に戻し、正体を現す・・といった話です。

それを知っていたので、小学6年生の時に、初めてこの場所に来たときは、感慨深いものがありましたね。

 

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九条通りに面したところから、公園へ入れるようになっています。新千本通りより少し東に行ったところです。

 

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あまり知られていないようですが、実はこちらの矢取地蔵寺に、

羅城門に関するものが飾られています。

 

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「この地は、平安京の昔、都の中央を貫通する朱雀大路(今の千本通に当たる)。当時の道幅は28丈(約82-3米)と九条通との交差点に当たり、平安京の正門である羅城門が建てられていた。門は二層からなり、瓦ぶき、屋上の棟には鴟尾が金色に輝いていた。正面十丈六尺(約32米)、奥行二丈六尺(約8米)、内側、外側とも五段の石段があり、その外側に石橋があった。門外には作道が鳥羽の河港までつづいていた。嘉永三年(1107)正月、山陰地方に源義親を討伐した平正盛は、京中男女の盛大な歓迎の中をこの門から威風堂々と帰還しているが、この門は平安京の正面玄関であるとともに、凱旋門でもあったわけである。

しかし、平安時代の中後期、右京の衰え、社会の乱れとともに、この門も次第に荒廃し、盗賊のすみかともなり、数々の奇談を生んだ。その話に取材した芥川龍之介の小説による映画「羅生門」はこの門の名を世界的に有名としたが、今は礎石もなく、わずかに明治28年建立の標石1本を残すのみである。」

と記載してあります。

この案内板と似たものが、昔、石碑の横にありました。

よく見ると、ちょっと違いますね。

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これは2006年撮影。

2015年に確認した時はありませんでした。 

 

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これも中をのぞかないと見えません~。

昔、この向かいの木材屋さんの前に置かれていた覚えがあるんですが・・。記憶があやふやです。