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京都散歩道

数年前、某SNSで活動していた「京都散歩道」。このたびブログにて復活しました。京都をいろいろ巡っていますので、少しずつご紹介していけたらと思います。最近は平安京巡りにはまり中。過去のデータを移行したら、写真が一部見れないので、また修正します!まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の転載はお断りします。

六角堂 御幸桜など

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六角堂は紫雲山頂法寺といい、

本堂が六角宝形造なので、「六角堂」の名で親しまれています。

 案内板によると

「開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材をもとめて太子がこの地を訪れたとき、霊告によってこの地に御堂を建て、守護仏の観音像を安置したのが始まりと伝えられています。

早くから人々の崇敬を受け、弘仁13年(822)には嵯峨天皇の勅願所となり、また長徳2年(996)には、花山法皇の御幸があり、西国三十三箇所音霊場(現18番の札所)になったと伝えられる。建仁元年(1201)、親鸞聖人がここに100か日間参籠して霊告を受け、後に真宗を開宗する根源となりました。

本堂には、聖徳太子の持仏と伝える本尊如意輪観音像、親鸞像、毘沙門天立像(重文)などを安置しています。

本堂前の六角形の礎石はへそ石といい、古来京都の中心に当たるとされてきました。また本堂北の本坊は池坊とよばれ、室町時代以降、多くの生け花の名手を輩出したところで、華道発祥の地として有名です。

現在も池坊華道の拠点となっています。」

 

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入ってすぐ、本堂右手にあるのが「へそ石」

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六角形の形をしています。

桓武天皇延暦12年(793)京都へ遷都の時、

六角堂の所在が道路の中央に当たったので、

天皇遷座を祈願されたところ、御堂がにわかに5丈ばかり北へ退かれたといわれています。

この石はその際に取り残された礎石であると伝えています。

また京都の中央にあるところからへそ石とも要石とも呼ばれています。

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十六羅漢像と御幸桜

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六角堂御幸桜(みゆきざくら) 

★3月下旬に咲く、早咲きの桜です。

長徳2年(996)、花山法皇の六角堂御幸により、西国三十三箇所観音巡礼が始まったことを受け、花山院前内大臣が六角堂の桜を見て詠んだ歌から名付けられたものです。

 

世をいのる 春の始めの法(のり)なれば

君か御幸の あとはありけり

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下記はライトアップの時のです。

kyotomichi.hatenablog.com

 

六角堂はほぼ毎年行っているのですが、

ちゃんと書いてなかったな。

せっかくなので、他のところもご紹介~。

 

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親鸞聖人像

親鸞聖人は、毎夜比叡山より本堂に百日参籠されたその99日目の暁夢で、御本尊より「法然の許へ行け」と示現を得ました。

このお告げによって、再び百日参籠され、ここから法然上人の許へと通いました。

それから二年後、また夢中に「行者宿報設女犯我成王女身被犯・一生之間能荘厳臨終引導生極楽」の偶文を授かり、これによって浄土真宗を開かれました。

この姿は、比叡山より本堂に参籠され、再び比叡山へお帰りになろうとされている姿だそうです。

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親鸞

夢のお告げを聞いておられる姿「夢想之像」と六角堂参籠の姿を自刻されたと伝える「草鞋の御影」を安置しています。

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親鸞堂の奥には神社があります。

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日影稲荷

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祇園社・唐嵜社・天満宮を祀っています。

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ひっそりとこんな像もあります。

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ごめんなさい、これちょっと怖い・・

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一言願い地蔵

首をかしげているのは、悩んでいるのではなく、

お参りに来られた方の願いをかなえてあげようかどうしようかと

考えている姿です。

願い事をよくばらず、ひとつだけ願えば、叶えてくれるかもしれません。

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太子堂

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聖徳太子沐浴の古跡

用明天皇の2年(587)聖徳太子四天王寺の建てる用材をたずねて、ここ山城国愛宕郡の杣(そま)に入りました。夕方御持仏を多良の木に懸け、泉で沐浴をされました。浴後枝にかけた持仏が木から離れず、光をはなって「我は汝の本尊となって七世を経たが、ここは衆生に利益を与えるにふさわしい地であるから御堂を建ててほしい」というお告げがあり、この地に六角堂が建立されたと伝える古跡です。

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石不動 不動明王

一般にお不動さんと呼ばれています。

大日如来が一切の悪魔を降伏せんがために身を変じて命がけの相を現し給える法力をもった佛さまです。

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とはいえ・・愛らしいですね。

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こちらは凛々しいお顔立ちをしています。

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茶所

こちらではへそ石餅と抹茶をいただくことができます。

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とてもやわらかくてもちもちです。

抹茶はさっぱりと飲みやすいです。

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趣があってほっこりしますね。古図も壁に飾ってあり、昔の様子をみることができます。

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明治二年と書かれていました。

 

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鐘楼堂

六角堂を出て、六角通りの向かい側にあります。

慶長10年(1905)豊太閤の臣堀尾吉晴の嫡男忠氏が寄進。

一向宗による一向一揆 加茂川洪水や大火の際にこの鐘をついて、

急を市民に知らせたといわれています。

天明の大火で焼失し、天保11年(1840)再鋳するも、第二次大戦に献納されました。現存のものは、昭和29年に再鋳復元されたものです。

銘文は天保年間のものによるもので、古銘には、こう書かれています。

 

花外 蒲牢の響き 長安 半夜の天

撃つ人は盛徳を輝かし 聞く者は名纏(めいてん)を解く

朝に遠山の碧を渉り 暮に街市の烟(けむり)にむせぶ

観音妙智力 寿 幾千年か算えん

慶長拾乙巳の年 春季 如意珠の日