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京都散歩道

数年前、某SNSで活動していた「京都散歩道」。このたびブログにて復活しました。京都をいろいろ巡っていますので、少しずつご紹介していけたらと思います。最近は平安京巡りにはまり中。過去のデータを移行したら、写真が一部見れないので、また修正します!まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の転載はお断りします。

福長神社(ふくながじんじゃ)

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普段通らない道をふらふら適当に曲がって歩くのが好きで、

今日もなんとなく歩いていたら、こんな神社がありました。

烏丸今出川を南へ一筋、武者小路通りを西へ一筋、

室町通を南に行ったすぐのところにありました。

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「本社は福井神、綱長井神(つながいのかみ)、稲荷神を祭神として祀る。社名は、福井、綱長井の二神を合祀することによるが、稲荷神も合祀することから、福長稲荷とも呼ばれた。

福井神と綱長井神は、平安京大内裏神祇官西院(現在の大宮竹屋町辺り)に祀られていた延喜式内社、宮中神の座摩坐祭神(いがずりのみかんなぎのまつるかみ)五座(生井神 いくいのかみ、福井神、綱長井神波比伎神 はひきのかみ、阿須波神 あすほのかみ)のうちの二座である。

現在の地に遷された経緯については、社伝によると天正年間、豊臣秀吉聚楽第造営、あるいは廃城の際と伝えられるが、天正二年(1574)に織田信長上杉謙信に贈ったと伝えられる洛中洛外図屏風狩野永徳筆)にはすでに現在地に福長神社が描かれている。

天明の大火(1788)で焼失した後は、小さな祠となったが、明治時代以降も水の神(屋敷内の井戸や泉の神)として地元の人々から篤く信仰されている」

 

ということで、結構由緒深い神社なんですね。

こんなに小さくなってしまって残念ですね。

 

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