京都散歩道

数年前、某SNSで活動していた「京都散歩道」。このたびブログにて復活しました。京都をいろいろ巡っていますので、少しずつご紹介していけたらと思います。最近は平安京巡りにはまり中。過去のデータを移行したら、写真が一部見れないので、また修正します!まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の転載はお断りします。

北野天満宮 宝刀展Ⅳ&梅

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再び!宝刀展へ行ってきました。

ん?Ⅳ? そんなにやってたのね。

前回のはこちら。

kyotomichi.hatenablog.com

 

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前回、御朱印帳を買わなかったことを悔やんでいたので、

それとこのクリアファイル入り刀剣神影が欲しかった!

 

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逢いたかった・・鬼切丸!

前回なかった鞘まであります!

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そして刀入れの中もオープン!

なんだか胸がザワザワ・・。

 

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そして今回新たに、木造鬼神像十三体がありました。

平安時代の有職故実書の天慶元年(938)の記事に取り上げられている、邪霊の親友を防ぐため平安京の街路の辻々に立てられた岐神・御霊であることがわかり、国の重要文化財に指定されています。

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なんだかちょっと愛らしい・・♥

これは蔵王権現の原型とみられるそうです。

他はほぼ同じものでした。

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去年は粟餅を食べたから、今年は長五郎餅w

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北野さんの名物です。

天正年間、河内屋長五郎という人が、茶菓を完成させました。この時代はまだ味も見た目も素朴なものが主流で、羽二重餅であんがくるまれています。

天正15年、陰暦10月1日、豊臣秀吉が、北野大茶会を催した時に、茶菓としてこの餅が用いられ、秀吉から「長五郎餅」と命名を賜りました。

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この近くに、一つの木からピンクと白の梅の花が咲いている木があります。

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額に入れて飾りたいくらい♪(場所ないけど)

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朱印帳・・なぜか紙だった!

えー、私の前の人書いてもらってたのに?

ちなみに本体1500円、カバー1500円ってことがわかっていなかった。

その人は、両方買ってたからかなぁ。

ちょっとぼけーっとしてたので、そこまでチェックしてなかった。

帰って見てびっくり、

「カバーないの?紙なの?」みたいな^^;

電話して聞いちゃいましたよ。

まーいいけど。

どっちかといえば、御朱印帳より、刀剣神影のがうれしい。

上賀茂神社(賀茂別雷神社 かもわけいかづちじんじゃ)

 

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紀元祭でせっかく上賀茂さんへ行ったので、本殿へお参り。

祭神:賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)

雷を別けるほどの力があるとされています。

 

賀茂神社の三井社に、賀茂氏の祖先、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と妻の伊賀古夜日賣命(いかこやひめのみこと)、娘の玉依媛賣命(たまよりひめのみこと)が祭られていますが、

この玉依媛が瀬見の小川で遊んでいたところ、川上から丹塗矢が流れてきた。それを持ち帰ったところ懐妊します。これが賀茂別雷大神だといわれています。

 

※ 玉依姫と賀茂玉依媛は異なります。

詳しくはこちらをどうぞ。瀬見の小川の事も書いています。

kyotomichi.hatenablog.com

 

そういえばあまりちゃんとお参りしたことなかったなぁと思って、

摂社もぐるりと回ることにしました。

 

紀元祭の様子はこちら。

kyotomichi.hatenablog.com

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本殿の右側の階段を上がったところにあります。

 

末社⑬山尾神社(左奥)

祭神:大山津美神(おおやまつみのかみ)

建築業守護の神様だそうです。

 

摂社②新宮神社(正面)

祭神:高龗神(たかおかみのかみ)

心を豊かにし、身体を守る神様だそうです。

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片山御子神社(片岡社)

祭神:賀茂玉依姫命かもたまよりひめのみこと)

こちらは、縁結びの神社としても知られていますね。

上賀茂神社の祭神、賀茂別雷大神の母神になります。

 

で、横から見て・・あれ?

今まで正面で拝んでなかったのね・・!

まったく気づかなかった。

ってことは怨霊?

伝説からしても、玉依媛は賀茂別雷大神に強姦されたんじゃないかと思ってしまう。もしかしたらほかに好きな人がいて結ばれなかったから、縁結びの神なんじゃないかな・・なんて。

 

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 絵馬がとってもかわいらしいです。

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摂社⑧須波神社

祭神:阿須波神(あすはのかみ)

   波比祇神(はひぎのかみ)

   生井神(いくいのかみ)

   福井神(さくいのかみ)

   綱長井神(つなながいのかみ)

心を鎮める癒しの神だそうです。

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紫式部歌碑

ほととぎす 声まつほどは 片岡の

 もりかしづくに 立ちやぬれまし

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ならの小川の方はあまり歩いたことがなかったです・・。

雪もあったのもあって、なかなか雰囲気いいですね。

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末社⑫ 岩本神社

祭神:底筒男神(そこづつのおのかみ)

   中筒男神(なかづつのおのかみ)

   表筒男神(うわづつのおのかみ)

交通安全の神様とありました。

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摂社⑥ 賀茂山口神社

祭神:御歳神(みとしのかみ)

商売繁盛・子供の成長を見守る神様とありました。

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今回の一番の目的はこちら。

双葉姫稲荷神社

こんなのあったの??というほど気づかなかった・・。

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結構遠い・・一人はかなり心細く感じます。

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八嶋龍神

由緒書きより

「抑々も此の八嶋龍神古来鎮座あられ處、此の地より南に約150m下の畑地に神宮寺と当り補する社寺の庭園に1500坪の池ありし中央の嶋を辨天嶋と名付茲(ここ)に

八嶋龍神鎮座なされしなり

右寺地元賀茂別雷神社の境内地なりしが、明治維新に依り廃寺となり寺跡は民家に収め下され故に龍神鎮座の霊地も耕地と化し来しが今回信者相寄り茲に昭和の維新を基として霊神の鎮ります地を神宮寺境内なりし此神宮寺山の霊地に御鎮座せし由縁なり。

御神厳は其辨天嶋にありし主岩石なり

 因って茲に後古に傳なるなり

昭和31年2月8日」

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これがその辨天嶋の岩石なんでしょうね。

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天之斑駒神社(あめのふちこまじんじゃ)

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金比羅大権現、三●(月に豊)不動明王

この上にある中では、一番ここがすごい気がしました。

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稲荷大明神

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ここから大文字がよく見えます。

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帰りはまた雰囲気が違いますね。

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摂社⑤奈良神社

祭神:奈良刀自神(ならとじのかみ)

学業成就、料理技術向上の神様だそうです。

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願い石(陰陽石) 開門:9時から16時

渉渓園の中にあります。

「古く龍の住む池があったと言われ、池の底より出土した「陰陽石」は陰と陽が極まり融合した(実った)姿を現しています。両手で同時に手を触れそのお力をいただいてから、賀茂山口神社にお参りください」

とありました。

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園内からは、先ほどの賀茂山口神社の裏側が見えました。f:id:kyotomichi:20180331203923j:plain

末社⑨棚尾神社

祭神:櫛岩窓神(くしいわまどのかみ)

   豊石窓神(とよいわまどのかみ)

家内安全、家族の絆を強める神様とあります。

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末社⑩川尾神社

祭神:罔象女神(みずはのめのかみ)

迷いを取り除く神様だそうです。

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神馬舎

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藤原家隆の歌碑

風そよぐ ならの小川の 夕暮れや

みそぎそ夏のしるしなりける

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末社⑯山森神社

祭神:素戔嗚神(すさのおのかみ)

   稲田姫神(いなだひめのかみ)

   田心姫神(たごりひめのかみ)

病気を治す神様だそうです。

 

田心姫は、素戔嗚尊の子で宗像三女神の一柱。

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末社⑰梶田神社

祭神:瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)

下の病の神様だそうです。

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最後は、バス停前の葵家やきもちさんで、名物のやきもち♪

 

 

 

2月11日 紀元祭 in上賀茂神社

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紀元祭に行ったことがなかったので、

一度行ってみようと思い、上賀茂神社に行ってきました。

この日はすごい雪・・。

朝9時頃です。

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細殿前では、剣道の奉納がありました。

少しでも見れてよかった。

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まずは御本殿へお参り。

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前に双葉葵のタクシーに乗ったので、

その記念品授与にも寄ってきました。

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頂いたのはこんなシールでした。

 

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10時前に、二の鳥居前に移動~。

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ここで、国旗掲揚・国歌斉唱があります。

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見てください、裸足ですよ・・!

雪も降っているというのに、これにはびっくりでした。

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土舎へ移動します。

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ここで身を清めます。

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使用した紙垂は、川へ流します。

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10時~10時45分まで、本殿にて祭典が行われます。

ほぼ同時間に、細殿前で空手奉納も行われています。

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蹴鞠の鞠足さんたちも一緒に・・。

蹴鞠についてはこちらをどうぞ。

ブログに書いたと思っていたら・・ないっ!

いやでも確かに書いたはず・・と思ったらこちらに書いておりましたw

kossmag.com

 

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舞殿(橋殿)で参拝されます。

でも・・なんでここで参拝するんだろう??

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人がいないとこんな感じです。

川の上に建てられたもので、橋のようになっているので、橋殿といわれますが、誰かを祀っているわけではないのにな。

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11時~11時50分まで蹴鞠奉納が行われます。

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こんな感じでいったん配置につかれます。

上賀茂神社は比較的すいているので、下鴨神社に比べてもゆったりと見れますし、場所移動もしやすいです。

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蹴鞠は何度か見ているので、少しだけ見て、摂社巡りをしました。

このあたりについてはまたいづれ。

 

石清水八幡宮 鬼やらい神事

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やってきました、二度目の八幡市

行きはケーブルで・・^^;

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節分行事だからなのか、前に来た時よりすごい人です。

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厄除けまいりというのがあったからかもしれませんね。

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神矢を受けた方の御祈祷をされていました。

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神事の直前は誰もいなくなるのでシャッターチャンス!

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最初はこんなにいいお天気だったんですけどね・・だんだん雲行きが怪しくなってしまったのが残念でした。

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2時間前に場所取りしていたので、細工などを眺めていましたw

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まず、「鬼やらい人」が、四方(東北・東南・西南・西北)と今年の恵方(南南東)を、邪気を祓うとされる桃の枝で飾り付けられた桃弓で射抜きます。

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続いて、桃の枝で作られた桃剣で、

「鬼やろう」の掛け声とともに四方と恵方を打ちます。

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さて、鬼が4人登場です。

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まるで本殿に攻め入るかのように鬼がやってきます。

そこを、鬼やらい人、年男・年女が、

「鬼やろう」の掛け声をかけながら、「福豆」を撒きます。

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播く人たちの笑顔がまた・・本当に楽しそう。

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赤鬼さんの棍棒、勢い余って折れてしまいました。

ここで鬼さんたちは、撤退していきました。

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そして、福豆争奪戦!

私の近くにいた子供たちがすごいこと・・。

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私も一つゲット♪

・・というか、偶然にもカバンにストライクしたものでしたw

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お昼は、厄除けうどんをいただきました。

帰りはふらふらと散策しながら、ケーブルを使わずにおりました。

神社のことはまた別途書きたいと思います。

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八幡市に来たら、やはりここは寄らないといけませんよね~。

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今回は走井餅と苺大福、抹茶のセットにしました。

 

泉涌寺 七福神めぐり

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泉涌寺七福神めぐりは、毎年成人の日に開催されます。

実際は、福禄寿・弁財天・恵比須神布袋尊・大黒天・毘沙門天・寿老人の七福神に、番外で愛染明王楊貴妃観音を加えた九福神になります。

中国では「九」は最大の吉数で、「久しく」福が続くように・・という意味があるそうです。

京都市内の七福神めぐりはしたことがあるのですが、

こちらはずっと気になりつつしたことがありませんでした。

なので、一度は行ってみようと思って、新熊野神社のついでに行ってみました。

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第一番 即成院 福禄寿

福笹(無料)を入り口でもらって、番号順に巡っていきます。

そして各寺院を巡って吉兆(有料 300~)をつけていきます。

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こちらには、那須与一公の墓所がありました。

弓の名手で、屋島の戦いで、平家側の船に立てられた扇を見事射落としたことで有名な人ですね。

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人が多すぎて切れ目がないので、こんな写真になりましたが。

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二番 戒光寺 弁財天

融通弁財天ともいい、手が8本あります。

融通を聞かせてあらゆる願いを聞いて下さるとか。

秘仏で年2回(1月9日/11月3日 弁財天大祭)だけ公開されます。

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こちらの近くで小豆粥の接待がありました。

ゆかりがはいっています。

ふうふう吹くと福が逃げるそうです。(笑)

小豆は厄除けの意味があるので、ありがたくいただきました。

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番外 新善光寺 愛染明王

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大日如来の変化神で、全身真っ赤で憤怒の相を表しています。

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子守り大師

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第三番 今熊野観音寺 恵比寿

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屋根の上は中国っぽいですね。

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恵比寿像にびっくり。

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第四番 来迎院 布袋尊

木造の荒神座像とその護法神五躯は鎌倉時代のもので、重要文化財に指定されています。

忠臣蔵で知られる大石良雄が山科に浪宅を構えたころ、寺請証文を受けた関係から、大石の寄進による茶室・含翠軒や大石の念持仏とされる勝軍地蔵尊をはじめ、赤穂浪士に関する遺品を多く蔵しています。

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石の船?に布袋さんがいっぱいっ。

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舎利殿

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泉涌水屋形

「名前の由来となった清泉を覆う屋形。寛文8年(1668)に再興。

桟唐戸で上部に欄間があり、屋根には軒唐破風。

内部は別所如閑筆の蟠龍図のある鏡天井。

平安時代左大臣藤原緒継が神修上人に帰依して法輪寺を建立し、その後寺は仙遊寺と改修されました。泉涌寺の開山俊芿律師が仙遊寺の地を寄進され、中国宋を手本とした伽藍の造営を志した際、ここに清泉が湧き出たので寺名を泉涌寺に改めたと伝えられています。」

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浴室

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仏殿

阿弥陀、釈迦、弥勒三尊仏や大涅槃図などがみられます。

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番外 楊貴妃観音堂

色鮮やかで美しい楊貴妃観音が見られます。

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経堂

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第五番 雲龍院 大黒天

入り口ではお下がりのお餅を配っていました。

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第六番 悲田院 毘沙門天

「身寄りのない老人や貧しい人、親のない子供を収容する福祉施設だそうです。難波京平城京内に設けられ、平安京でも東西2箇所の悲田院が設けられました。

寺伝によると、鎌倉時代の延慶元年(1308)、無人如導により安居院(上京区)に天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の寺院として建立され、平安京悲田院の名が引き継がれました。

後花園天皇勅願寺とし、これより代々の住職は天皇の綸旨を賜り、紫衣参内が許されました。」

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ここからの眺めがまたよいですね。

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第七番 法音院 寿老院

鎌倉時代末期、嘉暦元年(1326)創建。応仁の乱により焼亡。

江戸時代初期、寛文5年(1665)に再建。書院は伏見桃山城の遺構の一部。

洛陽三十三観音霊場第25番札所で、これで以前訪れたことがありました。

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法音院鎮守社(三社明神)

八幡大菩薩、春日大明神、天照太神宮 

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神鹿

鹿を神使いとする春日大明神の本地仏(本来の姿である仏様)が、本尊でもある不空羂索観音であり、また七福神の寿老人も鹿を神使いとしていることから安置されました。

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さてこれで全部まわりました!

福笹はこんな感じになりました。

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吉兆はこんな感じになりました。

ん・・1個足りない?

ありゃ・・楊貴妃観音かなぁ。

雨が降るし、重いし、2時間くらいかかって大変でした。

新年早々のいい運動になりますね。

 

新熊野神社(いまくまのじんじゃ) 左義長神事(さぎちょうしんじ)

 

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左義長は、平安時代の宮中行事が起源です。

宮中では元旦早朝の「四方拝(しほうはい)」に始まり、14日まで正月行事がありました。嵯峨天皇の時代から、元旦から7日までを神道祭祀で、7日から14日までを仏教祭祀で行うようになりました。

1月15日の小正月に行われたのが左義長神事で、神仏習合の神事です。

宮中の清涼殿東庭に青竹を束ねて建て、毬杖(ぎっちょう)三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡い囃しながらこれを焼いたとあり、櫓が倒れた方向や炎の上り方によって、その年の吉凶を占ったとされています。毬杖を三本結ぶことから三毬杖(さぎちょう)と呼ばれました。今は、正月に飾った門松やしめ飾り・書き初めを櫓に組んで焼却します。

 

聖護院の初代宮門跡が後白河法皇の第9皇子、静恵法親王だったことから、鎌倉時代以降、聖護院門跡が紀州熊野三山と京都の新熊野神社の検校(けんぎょう)を兼ねるようになって、応仁の乱まで関係は続きました。熊野といえば修験道、熊野山伏の総支配が聖護院だったことから、今も密接な関係があります。

 

2時間前に着いたら・・さすがに早すぎました。神社をゆっくりと回って、あとは準備を見守っていました。10時半頃には人だかりができていました。

10時45分頃、聖護院の山伏たちが櫓の下に灯油を撒きました。さすがに灯油を入れないと燃えないそうです。

 

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11時から神事が始まります。

まず、宮司から神事の説明がありました。この宮司のトークがとてもおもしろくてよかったです。

神事の際、杖を持って先頭に立つ人を儀仗兵(ぎじょうへい)といいますが、左義長は、左儀仗、どんと焼きと言ったりもします。

祝詞に、「筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸(おど)の阿波岐原(あわきはら)に」

という言葉があり、これはイザナギが禊祓をしたという話です。

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ここには川がないため、水の代わりに白い半紙を水に見たて、それに塩を混ぜて禊の代わりとするそうです。

なぜ食べ物でないものがお供えしてあるのかと思っていたら、そういうことかと納得。

 

まず、本殿で法要がありました。見ておりませんが、巫女が笛や太鼓の音とともに舞っていたようです。鈴の音も聞こえてきました。この時は本殿の中に入れるようになっていたので、またこちらも見てみたいですね。

 

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そのあと、禊をし、お祓いがありました。

この禊とお祓いも、宮司さんが参拝者全員に順番にしてくれます。

「もう罪ある人いない~?」と聞いて、2度目の禊もあったり。

最後の塩は宮司本人の頭にかけ、「これが大事やねん」と(笑)

吉凶を占う陰陽師の役目は参拝者自身だとも。

 

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そして、雅楽の演奏、祝詞奏上とつづきます。

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そして、山伏が櫓に点火し、ほら貝を吹き、般若心経を唱えます。

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般若心境は参拝者にもコピーを頂けますので、一緒に唱えました。

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火はあっという間に全体に広がり、激しく「パーン」と木の割れるような音もしました。

その年の恵方に倒されるのですが、今年は東北の方角に倒れましたので・・あまりよくないそうです^^;

 

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参拝者たちは、玉串を奉納し、お神酒とお下がりを頂きます。

このお下がりは本来は、おぜんざいの接待を受けるのですが、今年は9日(成人式の日に行われるため)と早かったので、準備ができず鏡餅のお下がりだそうです。

 

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頂いたお餅。早速焼いて頂きました。

 

―おまけー

 

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撮影した炎が・・手の形に見えてゾーッ。

悪い“気”を吸った正月の飾り物たちの、最後の断末魔のように見えました。

くわばらくわばら・・。

 

寒いからと、たき火のように当たっている人もいましたが・・それは違うだろう・・と言いたかった^^;

やはりこれは成仏を祈る神事だと感じました。

こういう神仏習合の行事はなかなか興味深いですね。

新熊野神社(いまくまのじんじゃ)

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熊野神社に行ってきました。こちらも久しぶりです。

ちゃんと全部を見たことがなかったです。

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創建当時、熊野神社をそっくりそのまま作ろうとして中州に作ったんですね。びっくり。

 

由緒書きより抜粋

「永暦元年(1160)、後白河上皇によって創建。

後白河天皇(第77代)は1155年に即位され、1158年に退位されたが、退位後も院政を敷かれ、その時のお住まいが三十三間堂の東側にある法住寺です。当時は法住寺殿と呼ばれ、その鎮守社として創建されたのが、新熊野神社、鎮守寺として貢献されたのが三十三間堂です。

鳳凰は一生のうちに34回参詣されましたが、当時熊野に参詣するのは大変なことでした。そこで熊野の新宮・別宮として創建されたのが当社で、京の熊野信仰の中心地として栄えました。当社が「新熊野」と書いて、「いまくまの」と読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野、紀州の昔の熊野にに対する今の熊野という当時の都人の認識が由来となっています。

当社はその後、350年間に渡って繁栄を極めましたが、応仁の乱以降、度々戦火に見舞われ、その後120年間は廃絶同様の状態となっていました。それを再建されたのが、江戸時代初期、後水尾天皇の中宮東福門院(3代将軍徳川家光の妹)で、現在の本殿は寛文13年(1663)聖護院宮道寛親王後水尾上皇の皇子)により造営されました。」

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後白河上皇の命を受けた平清盛は、熊野の土砂や材木を用いて社域や社殿を築き、那智の浜の青白の小石を敷いて霊地熊野を再現したとされています。足利義満が初めて観阿弥世阿弥父子の能を見た場所としても知られています。

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熊野本宮八葉曼荼羅を元にした世界が、境内全体を使って構成されているのだそう。そして、境内を散策することで熊野詣と同様の御利益が得られるのだとか。

 

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参拝順路が丁寧に書かれています。

本殿→上之社→中之社→京の熊野古道→若宮社→下之社→樟社でお参りしました。

 

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本殿

祭神:伊邪那美(いざなみ)

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本殿の屋根には八咫烏がいました。

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梛の木

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熊野神社は、梛の宮ともいわれ、梛(椥とも書く)の名所です。

 藤原定家は「千早振る 遠つ神代の 梛の葉を 切りに切りても 祓いつるかな」と詠っているように、ナギは罪穢、災禍、病魔などをナギはらう霊験があると信じられ、熊野詣などには道中の安全のお守りとしていました。またナギは朝凪、夕凪のナギから安全・無事を守り、平和と幸福を招来する霊樹といわれています。

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上之社

祭神:速玉之男大神(はやたまのをのおおかみ/薬師如来

     伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

   熊野家津御子大神(くまのけつみこのおおかみ/阿弥陀如来

     素戔嗚尊(すさのをのみこと)

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中之社

祭神:天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと/地蔵菩薩

   瓊瓊杵尊(ににぎのみこと/龍樹菩薩)

   彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと/如意輪観音

   鵜茅草不合尊(うかやふきあえずのみこと/聖観音

 

 

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一瞬本当に熊野古道に繋がっているのかと考えてしまいました。

そんなわけないですね^^;

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(神)稲葉根王子(いなばねおうじ/稲荷神)

稲葉根王子は稲荷神とも、稲荷神の姿をした金剛童子だとも言われています。稲荷神は東寺の守護神で伏見稲荷大社の御祭神です。

(仏)荼枳尼天(だいきにてん)

荼枳尼天は、自由自在の通力を有し、六か月前に人の死を知り、死ぬまでその人を加護する仏のこと。稲荷の狐は、荼枳尼天の乗り物に由来します。

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梵字曼荼羅

八葉の諸仏、諸菩薩を梵字に置き換えたもの

熊野本宮八葉曼荼羅

上部に「役行者と八大童子」、中央に熊野十二所権限を始めとする熊野の神々が仏の姿で、下部は五体王子(藤代王子、切目王子、稲葉根王子、滝尻王子、発心門王子)を始めとする熊野の諸王子が、描かれている。

 

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熊野曼荼羅

 熊野本宮八葉曼荼羅を元に作成したもの。

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(神)滝尻王子、(仏)帝釈天

滝尻王子は、聖域熊野の入り口を守護する神

帝釈天はインドラの中国語訳で、ヒンドゥー教の神。雷を操る雷神で、阿修羅と戦ったことから武勇の神。

(神)発心門王子、(仏)梵天

発心門王子は、人々を熊野信仰の世界に導く案内神

梵天はプラフマーの中国語訳で、ヒンドゥー教の神。ヴィシュヌ・シヴァと並ぶヒンドゥー教の最高神で宇宙の創造神。

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八咫烏

日本神話に登場する三本足のカラスで、神武天皇を樫原宮(即位された場所)に導いた熊野の神の化身。

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後白河法皇坐像

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(神)制多迦童子(せいたかどうじ)

(神)弥部渡能売神(みずはのめのかみ)、(仏)不動明王

(神)矜羯羅童子(こんがらどうじ)

高尾の神護寺を再興した高僧、文覚上人が那智の滝であまりの荒行に息絶えたのを蘇らせたのが、制多迦童子と矜羯羅童子で、不動明王の守護を得て、その後も全国の霊地で修業を重ねた。

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熊野三山

那智の滝(御神体 滝) 熊野那智大社

大斎ケ原(御神体 川) (旧)熊野本宮大社

神倉山・ごとびき岩(御神体 岩) 熊野速玉大社 元宮

本宮は熊野川と音無川が合流する地点の中州にあった。そこを大斎原(おおみのはら)というが、明治22年の洪水で社殿が流出したため、現在地に移築された。大斎原の入り口には現在でも日本一の大鳥居が建っている。那智山一帯には大小60余の滝があり、そのうち48滝(那智48滝)が滝篭修行の行場として使われていた。もともとはこの48滝を総称して那智の滝と呼んでいたが、現在はこのうち一の滝(那智大滝)を那智の滝と呼んでいる。

速玉を新宮というが、これは熊野の新宮ではなく、もともとは熊野川の河口、神倉山の山頂にあった。神倉神社が速玉の本宮、それが現在地に下りてきたため新宮と呼ばれるようになった。

 

なるほど・・。これを踏まえて熊野にお参りしたいですね。

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若宮社 

祭神:天照大神(あまてらすおおみかみ/十一面観音)

下之社

稚産霊神(わくむすびのかみ/釈迦如来穀物の神

軻遇突知神(かぐつちのかみ/文殊菩薩普賢菩薩)火の神

埴山姫神(はにやまひめのかみ/毘沙門天)土の神

弥都波能売神(みずはのめのかみ/不動明王)水の神

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何も書いてなかった・・

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(神)軻遇突知神、(仏)文殊菩薩

(神)埴山姫神、(仏)毘沙門天

(神)軻遇突知神、(仏)普賢菩薩

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花の窟神社(はなのいわとじんじゃ)

熊野市有馬にあるイザナミ命の埋葬地・日本最古の神社

春と秋に例大祭が行われ、その時には長さ170mの注連縄が張られ、そこに季節の花や果物、扇などが吊り下げられる。

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(神)樟大権現、(仏)樟龍弁財天(しょうりゅうべんざいてん)

樟は樹齢900年と推定されています。

弁財天はもともとはヒンドゥー教の川の神。

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樟龍弁財天

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中にも入れます。後白河上皇御手植えの大樟。京都市の天然記念物にもなっており、木の周りをぐるっと一周できます。

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