京都散歩道

数年前、某SNSで活動していた「京都散歩道」。このたびブログにて復活しました。京都をいろいろ巡っていますので、少しずつご紹介していけたらと思います。最近は平安京巡りにはまり中。過去のデータを移行したら、写真が一部見れないので、また修正します!まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の転載はお断りします。

【総まとめ編】祇園祭 3基の神輿と神様について

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祇園祭にお神輿は、中御座(中央)、東御座(左)、西御座(右)の三基があります。

★写真は、17日~24日御旅所に安置されているときの写真です。(2010年7月24日撮影)

 

(祭神)

中御座:素戔嗚尊(すさのおのみこと)

東御座:櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

西御座:八柱御子神(やはしらのみこがみ)

 

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中御座(案内板より)

屋根に鳳凰をのせ、その口に(五穀豊穣)をくわえ、六角形をしたこの神輿には、八坂神社の主祭神素戔鳴尊(すさのおのみこと)をおのせします。 八坂神社御本殿中央にお祀りするため、 中御座とも申し上げ、明治維新までは牛頭天王 (ごずてんのう)とも申し上げました。
豊臣秀吉の母大政所の住む地に中御座の神輿が渡御したことに因み、 素戔鳴尊を「大政所」とも称します。ミコトはふりかかる八俣大蛇退治の強い神さまと いえばご存じでありましょう。
ミコトはふりかかる災厄を克服する強力な神威の神さまです。この三若神輿会がご奉仕します。
この中御座の神輿には古来より上久世の駒形稚児が騎馬にて供奉することが慣例となっています。 胸に駒形をつけたこの稚児は素戔嗚尊の荒魂(あらみた)の化身とされ、 神輿の和魂(にぎみたま)と一体となって神輿の巡行が出来るといわれています。

 

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東御座(案内板より)

屋根に宝珠をのせ、四角形をしたこの神輿には、御祭神素戔鳴尊の后神・櫛稲田姫命 (くしいなだひめのみこと)をおのせします。
八坂神社本殿東側にお祀りするため、 東御座とも申し上げます。
素戔鳴尊櫛稲田姫命の夫婦の契りは、あらゆる困難も克服する深い慈愛で固く結ばれています。 櫛稲田姫命は、「歳徳神(としとくしん)」ともよばれ、歳ごとにお恵みを与えてくれる恵方の神さまでもあります。
少将井とよばれる霊験あらたかな井戸に、 東御座の神輿を据えたことから櫛稲田姫命を「少将井」とも申し上げます。
この神輿は四若神輿会がご奉仕します。

 

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西御座(案内板より)

屋根に鳳凰をのせ、八角形をしたこの神輿は、 御祭神素戔鳴尊と后神・櫛稲田姫命のお子様 八柱御子神(やはしらのみこがみ)をおのせします。八坂神社本殿西側にお祀りするため西御座とも申し上げます。
この神輿は大変重く、約2トンあると いわれております。
世間では「東御座は本妻さん、西御座は妾さんの神輿や」などともいわれていますが、 明治維新まで東御座の后神さまをおのせしたので、このような噂がでたのでしょうか。
八柱御子神は、八王子・八将神ともよばれ、 四方八方を司る邦楽の守護神でもあります。この神輿は京都の台所、錦市場錦神輿会が ご奉仕します。あらゆる方角を守護し、正しい道へとお導きくださる神さま、それが西御座、八柱御子神の神輿です。

 

さて、それぞれどんな神様なのでしょうか?

古事記』によると、素戔嗚尊古事記では須佐之男尊と書く)は、伊邪那岐(いざなき)と伊邪那美(いざなみ)の間に生まれた子です。

伊邪那美は火乃迦具土神(ひのかぐちしん)を出産したことが原因で火傷して死んでしまいます。伊邪那岐は妻を忘れられず黄泉の国へたずねます。伊邪那美は黄泉の国の神と相談するから、その間自分の姿を見ないようにと伝えます。

伊邪那岐はそれを待てずに見てしまい・・(鶴の恩返しのようですね)、それはそれはおぞましい姿で驚いて逃げてしまいます。伊邪那美はみじめな姿を見られたことに逆上して追っかけます。伊邪那岐は不浄を祓うために日向(ひむか)の阿波岐原へいきミソギの儀式を行います。そのミソギの最後に伊邪那岐が顔を洗うと、左目から天照大御神(あまてらすおおみかみ)、右目から月読命(つくよみのみこと)、鼻から須佐之男尊(すさのおのみこと)が生まれました。(略)

須佐之男尊はその暴挙に、高天原(たかまのはら)を追放されてしまいます。そして出雲の斐伊川に降り立ち、八岐の大蛇(やまたのおろち)の生け贄にされようとしていた櫛名田比売(くしなだひめ)と出会います。大蛇に酒を飲ませて酔わせたところを、十拳剣(とつかつるぎ)で退治し、その大蛇の中からでてきた太刀が、草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。そして、櫛名田比売を妻に迎えます。

 

ちなみに、八柱御子神は、下記の通り。

 八島篠見神(やしまじぬみのかみ)

 五十猛神(いたけるのかみ)

 大屋比売神(おおやひめのかみ)

 抓津比売神(つまつひめのかみ)

 大年神(おおとしのかみ)

 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

 大屋毘古神(おおやびこのかみ)

 須勢理毘売命(すせりびめのみこと)

 

※宇迦之御魂神や大年神については、こちらをどうぞ。

謙達稲荷神社(けんたついなりじんじゃ)または元稲荷 - 京都散歩道

 

 ここで私がひっかかるのは、素戔嗚尊=怨霊説。

こんな両親の間に生まれて、素直に育つんでしょうか。

暴挙に出て高天原を追いやられたのに、そのあとは正義のヒーロー?どうも人物像が合わない気がしてなりません。

尊敬してやまない、高田崇史先生の本によると、蛇、鬼、蜘蛛といったものは、朝廷に負けた人たちのこと。朝廷以外の人は人ではないのです。この大蛇もそれと同じで、素戔嗚尊が人々を襲って土地や剣(財宝)を奪い、姫も自分のものにしてしまったのではないでしょうか?

 

八坂神社編『八坂神社』によると、

かつては三基の鳥居があり、一の鳥居は四条京極の東、二の鳥居は現在の石鳥居の西半町のところ、三の鳥居が現在の南門にある石鳥居です。

 

洛外にあり、川の向こう、四条大橋を渡ったあの世に八坂神社はあります。本来は南門が正門なので、参道から90度を3回曲がった所に本殿があります。ここから出てくるなよ、と閉じ込めているわけです。

 

祇園祭はもともと御霊会(ごりょうえ)。

御霊=怨霊をいい意味に言い換えたものです。

洛中でよくないことが起こると、朝廷は怨霊の祟りだと恐れました。それはそれだけのひどいことをその人たちにしたからともいえますよね。何もしてないなら、恐れることはありませんから。

 

ちなみに、平安時代以来神仏習合によって、下記が祀られていましたが、明治時代の神仏分離によって、今のように再編されました。

中の座:牛頭天王(ごずてんのう)

東の座:八王子(はちおうじ)

西の座:頗梨采女(はりさいにょ/龍王の第三女)

 

川嶋將生『祇園祭によると、

ガスパル・ビレラというポルトガルの宣教師が祇園祭のことを書いた本に、「妾の輿と共に進むを見て、左右に走り、其の夫が妾と共に行くを見て怒り狂へる」とあるが、妾は娘という意味もあるので、誤解である》とあります。妾は娘という意味もあり、采女は龍王の娘だからだそうです。

さらに、《東御座と西御座の神も入れ替わっている》ともあります。櫛稲田姫命と波利(頗梨)采女、八柱御子神と沙竭羅竜王とが同一視されています。

 

つまり、明治以前の祭神と明治以降の祭神は下記のようになります。

中御座 牛頭天王        → 素戔嗚尊

東御座 沙竭羅竜王(采女の父) → 櫛稲田姫命

西御座 波利(頗梨)采女    → 八柱御子神

 

神様が入れ替わっているのに、八柱御子神の神輿は八角形・・?

これもまた気になりますね。

 

またおもしろいのが、毎年鴨川の四条に仮橋が架けられるのが恒例で、今のような橋はなかったといいます。幕府に認可された橋はなく、仮橋は浅瀬を渡るしかありませんでした。そして、神輿渡御は、神が通る橋だから、毎年祇園会のたびに作られました。

これもやはり、神をあの世へ封じ込めていることだと私は思います。

 

祭り=祀りであり、この『示』には、神に供えるいけにえを乗せる台で、いけにえから血の垂れる形を表しています。「神」「祀」「祇」「祠」「禊」「斎」「祭」「禁」など神に纏わる字が関係します。

また、『八』にはわかれるという意味があります。転じて裂く。「八俣大蛇」さえ、見方を変えれば、八頭のある蛇ではなく、蛇(民)を八つ裂きにしたのかもしれません。

(参照:角川書店『漢和辞典』)

 

これも高田崇史先生の本の受け売りですが、

祀り=裁縫でやるようにぐるぐる巻いていくこと。

担ぐ=祀り上げて事実上の権力をすべて奪い取ってしまうこと。

《ぐるぐる巻きに祀りあげた神様を担いでいって、神殿に封じ込めた上に注連縄を巡らせ、大人しくしてたら神として扱うが、出てきて勝手なことをしたら殺すぞというのが神祀り。》

さらに、神輿を担いで3回回すというのは、死の儀式なんだそうです。

《埋葬前の棺桶などを担ぐと、その場で3回回ってから運んだ。無事にあの世に送るために、あるいは二度とこちらの世界に戻ってこないようにするための一種の呪術。》

 

気になる方は、QEDシリーズからどうぞ。

book-sp.kodansha.co.jp

 

祇園祭神幸祭還幸祭を追っかけていると、祭りの神髄はまさにこれなんじゃないかと思いました。

あの世へ閉じ込めているものを、一年に一度だけ洛中に招き入れるとか、閉じ込めているはずの注連縄を長刀鉾のお稚児さんが切るとか(これはあとから作ったパフォーマンスだそうですが)、天王人形はまさにくくりつけられているし(磔にされ、見せしめにされているようにも見える)、1か月にもわたる祭りというのがよほど恐れていることの裏返しなんじゃないかとか、そもそも蘇民将来だってちょっと都合よすぎないかとか、いろいろ疑問に思うことがあって、追っかけをしております。

もともとは好きで楽しんでいただけなんですけどね。どんどん深入りしてしまいました。

それでわけがわからなくなるので、ブログをノート代わりにしています^^;

まだまだまとめきれていませんが、これを読んでいる方も、そういたところを含めて楽しんでもらえたら嬉しいです。